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第13話 「思いを致せば小籠包」

(ガラガラ~)

こんばんは~

清水さん、いらっしゃいませ!お連れ様もいらっしゃいませ!カウンターのお席へどうぞ!

今日はよろしくお願いします。うちのマンション管理組合の理事のお二人、森川さんと小沢さんです。

森川さん(60歳)
大手商社の営業部長を定年退職したばかり。スポーツマンでいたずら好き。趣味は登山。
小沢さん(62歳)
メーカーを定年退職。メタボで体調が気になるため最近料理を習い始めた。お酒が飲めない。

よろしくお願いします。清水さんからお店の話はいつも聞いております。

こんばんは、今日は色々教えてください!

いらっしゃいませ。お待ちしておりました。今日はゆっくりなさっていってください。

清水さん、お飲み物は何にしましょうか?

僕と森川さんは生ビールで、小沢さんは飲めないのでウーロン茶か何かでお願いできますか?

承知しました! マスター、生二丁とお茶一杯!

森川さん、小沢さん。食べ物はマスターにお任せでお願いしてありますからね。

生ビールとお茶、お待たせしました!

ではみなさん、お疲れ様~!

お疲れ様~!(グビグビ、ごくごく)

ジョッキでいただいたお茶、ちょっと変わった味がしますね。

どんな味ですか?

うん、少し苦みがあるんだけど、香ばしく甘みもあるようでおいしいです。

小沢さん、それはチコリ茶と言います。
私もマスターに教わったばかりですが、とても体に良いんだそうですよ!

へぇ、チコリだなんて僕も初めて聞くよ。

ありがとうございます。チコリはフランス料理などでよく使われる、ヨーロッパ原産のキク科の野菜です。アンティーブとも言われますね。その根をお茶にしたのがチコリ茶なんです。

なるほど。体に良いってどんな効果があるんでしょうか?

はい。チコリの根にはイヌリンという成分が多く含まれていて、血糖値の上昇を抑える効果があります。さらに熱を加えてお茶などに加工すると果糖やオリゴ糖が生成され、甘みと同時に腸内環境を整える効果も期待できるんです。

そうなんだ!まさに私にぴったりのお茶ですね。

あっ、僕がマスターにちょっと体の調子を気にしている人がいるって話をしたからかな?

さすが清水さん、事前に物件の状態を伝えていたんですね。

物件とは失礼な!(笑)でも、我々のマンションの状態も大規模修繕の前にちゃんと把握しておかないとね。

そうですね。住人集会なんかでも色々と要望が上がっていますからね。

先日、知り合いの住むマンションが大規模修繕工事をしたっていうので、どんな工事をしたのか聞いてメモをしてきましたよ。

結構たくさんあるんだね。無事に終了したのかな?

うん、それが色々と問題もあったそうなんですよ。
工事のあとに水漏れが発生した部屋があったり、共用廊下の排水路にうまく雨水が流れず水たまりができたり。いずれも後で発覚するから原因を探したり、やり直しをさせたりと大変だったそうです。それに修繕資金は各戸の平米数によって按分積立しているのだけど、どうしても不足が出ちゃうって理事会の方々が頭を悩ませていたそうです。

明日は我が身というところですか。でも清水さんが色々と知恵を出してくれれば安心ですね!

清水さん、肉じゃがをどうぞ。いつもの定番ですが、今日のは新じゃがです!

うん、ホクホクしておいしいですね!

味も濃すぎず新じゃがが活きているね!

ところでお話なさっている大規模修繕工事って一度に多くの修繕をやっちゃうってことですか?

清水さん、どうなんでしょう?

マスター、出番です、、。

はい。大規模修繕工事の定義は、実は建築基準法という法律でちゃんと決められているんです。それは一度に多くの修繕を行うということとは、ちょっと意味が違いますね。

マスターの建物豆知識

「法律上の大規模修繕工事の定義」

大規模修繕工事は建築基準法第2条14項で「建築物の主要構造部の1種類以上について行う過半の修繕をいう」と定められています。また「主要構造部」とは、同法第2条5項により「壁、柱、床、はり、屋根、または階段をいい、建築物の構造上重要でない(中略)部分を除くものとする」と定められています。したがって法律上の大規模修繕工事とは、一度に多くの種類の修繕を行うということではなく、そこに住むすべての人の安全・安心に関わる重要な部分(主要構造部)を一つでも 、その半分以上を修繕することを指すと言えます。
なお、上記規定に基づく大規模修繕工事を行うには法律上の建築確認を受ける必要もあります。

なるほど、大規模修繕工事はマンション全体の安全・安心に関わる工事ということなんですね。

だから特定の誰かが負担したり負うべきものではないんだね。その辺りもみんなで理解していかないとねぇ。

自分たちの住んでいるマンションがきれいになればみなさん嬉しいですよね!

波ちゃん、実はそうばかりでもないんだよ。
小沢さん、理事会もそれでお困りだったりするんですよね?

えーっ、どういうことですか?

実はみんなが揃って賛成ということは少ないんですよ。
例えば壁をきれいに塗り直そうとかエントランスやエレベーターを新しくリフォームしようとかいう話が出ても、負担金が増えるから嫌だという人もいるんです。

その反対に、マンションの資産価値を維持・向上させるために外観や設備をきれいに最新のものにしたいと言う人もいるしね。いずれ自分の所有区分を売りに出そうと考えている人は余計にそう考えるよね。

なるほど。
マンションには色々な方がお住まいですからね。みなさん同じようにっていうのは難しいですね。

そうだね。
お酒の飲めない私なんかは、普段の飲み会でも割り勘って言われるとちょっと損したと思っちゃうからね。でも、今日のチコリ茶はいいね!ちゃんと自分のことを考えてもらえている気もして。もう1杯ください!

ありがとうございます!

やはり物件の情報を伝えておくって大切だねぇ~。僕と森川さんは生ビールのおかわりね!

だから私は物件ではありませんよ!(笑)

チコリ茶と生ビールのおかわり、お待たせしました!
ところで先ほどお話に出ていました「資産価値を維持・向上させるために外観や設備をきれいにする」というのはマスターの説明してくださった「大規模修繕工事」に該当するのかしら。マンションのエントランスなどは建物全体のごく一部だし、主要構造部という感じでもないわね?

確かにそうだね。マスターその辺はどうなっているの?

はい。波ちゃんの言う通り、エントランスのリフォームなどは法律の定める大規模修繕工事には当てはまりません。
建築基準法で言う「大規模修繕工事」の規定は、あくまで建物の主要構造部に係る安心・安全を守るためのもので、見た目のきれいさや建物の資産価値を守るための規定ではありません。しかし、安心・安全を守るための修繕も、見た目や資産価値を守るためのリフォームも、工事であることには変わりません。
足場を組むなど一時的に生活空間を制限して工事業者が入るわけですから、できるだけまとめてやった方が費用の面でも住人みなさんの負担の面でも効率的です。そこで一定の時期を定めてそういった修繕やリフォームをまとめてやるんですね。ですから、「大規模修繕工事」の一般的なイメージとしては最初に波ちゃんが言ったように「色々な修繕・リフォームを大規模に一度にやる」ということになるのかもしれません。

なるほど。それで理事会のみなさんも頭を悩ますんだ。

そうですね。ちょっと難しい言い方になりますが、マンションには経年による「物理的老朽化」と「相対的老朽化」の二つの問題があります。
物理的老朽化は、屋上防水層の劣化や躯体コンクリートの劣化など(第2話「餃子始めました」第3話「味のしみた煮物」参照)があげられ、これらは大規模修繕工事などの計画修繕を適切に実施することで解決し、住む人の安心・安全を守ることになります。それに対し、生活スタイルの変化や設備機器の進歩による使い勝手の悪化・型遅れなどの相対的老朽化は修繕では解決されず、改修・改良(リフォーム)を考えなくてはなりません。
マンションという資産に対する色々な考え方や修繕積立金に制限があるなかで、それらの工事計画をまとめていくのは大変なことだと思います。

マスターの建物豆知識

「補足~修繕と模様替~」

建築基準法には「大規模の修繕」の他、「大規模の模様替」という規定があります。 修繕とは「(1)同じ材料を用いて(2)元の状態に復元し(3)建築当初の価値を回復させる」ものと考えられています。

模様替とは「(1)建築物の材料や仕様を替えて(2)建築当初の価値の低下を防ぐ」ものと考えられています。

修繕にしても模様替にしても、「主要構造部の1種類以上」「主要構造部それぞれの半分以上」を対象にする場合は「大規模の修繕」「大規模の模様替」となり法律上の建築確認が必要となります。反対に上記規定に当てはまらなければ、工事自体が感覚的に「大規模」であったとしても建築確認の必要はありません。

今後は法律上の「大規模」であるか否かに関わらず、住人の安心・安全が守られるのと同時に快適に住み続けられる環境の確保のため、資産価値を維持するための修繕工事、マンション設備の性能向上のための改修工事が、それぞれのマンションの「大規模修繕」に計画的に盛り込まれることがより大切だと考えられます。

そうだねぇ。計画を立てるのも大変だし、安心して相談できる業者を探すのも大変だよね。工事中もそこで生活している訳だしね。

お待たせしました、椎茸の小籠包です。熱々のスープがたっぷりなので気をつけてくださいね!

うーん、おいしそう!

皮がうすくて上品ですね!なかの具が透けて見えるようだ!

熱々っ!椎茸の香りのスープがとてもジューシーで体にもよさそう。医食同源ってやつかな!

薄い皮も椎茸をベースにした餡もマスターが仕込んだ特製なんですよ!ところで業者さんの側は大規模修繕工事ってどう考えているのかしら?住人のみなさんはずいぶん悩んでいらっしゃるようだけど。

なるほど。
僕らは住人の側だからそんなこと考えたことなかったなぁ。マスター、どうなんだろうね?

どうでしょうか。
大前提として住人のみなさんが日常生活を営んでいる状態で工事を行う訳ですから、その施工管理にはかなり気を使うことになると思います(第7話「大皿の惣菜」参照)。理事のみなさんも、住人のみなさんの様々な環境やご要望に耳を傾けることに苦労されている訳ですから、施工業者もそういったマンション内のコミュニティー活動をお手伝いするといった感覚で施工に臨むことが重要だと考えていると思います。

相手のことを思いやるコミュニケーションが大切ってことね!

そうだね。
例えば住人の方のご家族構成やライフスタイルをある程度把握しておくことも工事期間中の計画をスムーズに進められることにつながるだろうし、トラブルを未然に防ぐことにもなると思うよ。

工事に入る前の説明会なんかも丁寧にやってもらえると安心だよね。

おっしゃる通りです。
工事の目的や意義、工事期間やその範囲などを十分に理解していただくことはとても大切です。ただし、一方的に説明するだけではなく、具体的な質問や疑問をお出しいただけるようにすることも重要です。
業者側にとっては工事中に想定される問題点を認識するよい機会となりますし、住人のみなさんにとっては意思統一と建物の維持管理への関心を高めるよい機会となるはずです。

双方向のコミュニケーションが必要ってことね!

本当にそうだよね。修繕積立金だって潤沢にあるわけじゃないから、住人のみなさんだけでなく業者さんともよく相談して、できること・できないことの足並みをそろえて行かないとね。

小沢さん、その通りです。ちゃんと業者と相談をすればさっきの肉じゃがもコロッケになるんですよ!

うん?清水さん、どうしちゃったんですか?

マスター、説明してあげてください!(笑)

はい。清水さんはよくお店にお出でいただくのでご存知なんですが、当店ではお客様にお出しする肉じゃがが煮崩れてくると、賄い用のコロッケに作りかえています。それを「あるものを活かして安く新しいものを作る」という例えにして、マンションなどのタイル壁補修のお話をさせていただいたことがあるんです。(第5話「肉じゃがはお袋の味」参照)

しかし、マスターはなぜそんなに建築のことにお詳しいんですか?

どうでしょうか。これも清水さんを始め色々なお客様とお話させていただいたことがあるのですが、衣食住のうち、皆さんが生活をしていく上で基本となる食をより豊かにするのが料理、住をより豊かにするのが建設の仕事なのだと思います。どちらも相手を思う気持ちがなければ良いものは出来ないと考えれば、料理も建設も同じなのだと思います(第6話「山菜の季節」参照)。
すいません、あまり答えになっていませんね。

いえいえ、おっしゃることはよくわかります!

はい!次の料理も何が出て来るか楽しみです!

よし、今日はとことん話を聞きましょう!

乾杯~!
あははは!

(帰り道)

理事の二人もよろこんでくれてよかったなぁ。また常連が増えそうだ!

衣食住で相手を思う気持ち。どれも同じって本当だね!

チコリ茶、薄皮の椎茸小籠包。考えてくれたんだなぁ。


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今日はみなさん遅くまで盛り上がっていましたね!

よかったね!
(相手を思うコミュニケーションの場を作るのも大切だね!)

<第13話 完>

※本ストーリーはフィクションであり、実在の人物・団体との関係ありません。

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