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第11話 「寒締めホウレン草と凍み豆腐」

こんばんは~

いらっしゃいませ!清水さん!

ちょっとご無沙汰しちゃったね。

お忙しかったんですか?

うん、雪が降ったり、寒かったりでね。
あっ、それは忙しい理由にはならないかな?

いえいえ、大変だったんですね!お飲み物は何にしましょうか?

じゃあ、今日はお酒からもらおうかな。ちょっと燗をしてもらって。

はい!マスター、燗酒一丁!


お待たせしました、燗酒です。
あとこれはマスターから高野豆腐の含め煮 です。お酒の肴にどうぞって。

うーん、燗をしたお酒はしみるねぇ。それから冷めて味のしみた高野豆腐が温かいお酒に合うねぇ。
マスター、おいしいよ!

清水さん、ありがとうございます!

マスターが朝から仕込んで、ゆっくりと冷まして味を含めた煮物ですからね!
第3話「味のしみた煮物」参照

波ちゃん、味見はもう済んでいるようだね!

えへへ、もちろんです!
ところで今日はお酒なんですね。やはり寒くなったからですか?

うん、それもあるけど先日ある方に食事へ誘っていただいてね、その時に一緒に飲んだのがお酒だったんだよ。そうしたらその人のお話がとても勉強になってねぇ。
それで今日はそれにあやかってお酒を飲もうと思ったんだ。

へぇー、どんなお話だったんですか?

実はその方もビルオーナーでね。とは言っても僕みたいに小さなビルを親父から引き継いだだけっていうのではなくて、事業として何棟も所有している方なんだ。
それでビルの管理や経営のことを聞かせてもらったんだよ。

そうだったんですか。それはよい勉強になりましたね!

そうなんだよ。例えば以前マスターにもうちのビルの雨漏りのことで色々教えてもらったことがあったでしょ(第1話「雨漏りは鰹の季節」第2話「餃子始めました」参照)。
その時は屋上の防水層の劣化が原因だろうということが割と簡単に分かったけど、実際にはそうじゃないことが多いんだって。それにそのことが実はビルオーナーにとって大事なところなんだそうだよ。

どういうことですか?

うん、実際に水漏れがあった場所に原因があることはまずないから、その原因が何で、どこに責任があるかを見極めることがビルオーナーとして大事なところなんだって。

なるほど。天井から水が漏れてきたからと言って、その天井に原因がある訳じゃないですもんね。
どこか他のところに原因があって、そこから水がつたって結果的に天井から漏れてくる訳ですからね。

実際にこんなことがあったそうだよ。あるビルで上の階から水漏れがあると店子さんから連絡があって、上の階に入っていた飲食店にその話をしたところ、それは雨漏りだと言うんだよ。それでうちのビルでもやったように屋上の防水を確認したり、壁面や配管をチェックしたんだけど特に異常は見つからなくてねぇ。

それでどうなさったんですか?

漏れている水の水質検査を業者に依頼したそうだよ。

えーっ!どういうことですか?

うん、水質検査をしたらそれは雨水などではなくて、生活排水、上の階の厨房から漏れてきた排水だということがわかったんだよ。それでその結果を上の階の飲食店に伝えて調べたところ、厨房の床の防水加工が不十分で下の階に漏れ出していたことが判明したんだ。

大変だったんですね。

ところがこの話にはビルオーナーにとってはもっと大変な意味があったんだよ。
波ちゃん、「一次側」「二次側」って聞いたことある?

なんでしょう?もちろんビルに関係することですよね。

うん、賃貸に出している建物についての話なんだけど、建物の資産や設備の区分のことを言うんだ。
簡単に言うと、大家さんが一次側、店子さんが二次側なんだね。屋上の防水や壁面、共用部分の補修、ビルの縦方向に走る配管などは大家の側で責任を持つ一次側の部分。それに対して店子さんが借りている空間内の設備、縦配管から引き込んでいる横方向に走る給排水管などは店子さんが責任を持つ二次側と言うんだよ。

清水さんのにわか豆知識

「一次側・二次側」

賃貸物件の設備区分で、大家(ビルオーナー)側がその管理・維持に責任を負う部分を「一次側」、店子(テナント)側が責任を負う部分を「二次側」と言います。 一般的には以下のような範囲になることが多いようです。

・一次側

ビルの躯体設備やエレベーター・エントランスなどの共用部分、電気・ガス・水道 などをビルに引き込む設備、など。

・二次側

店子が賃借する空間内部の造作や電気・ガス・水道などを賃借空間内に引き込む設備、など。

それぞれの側の設備の補修や、その不具合によって生じた賠償はそれぞれの側が負うことになるので、その線引きは契約時に重要となります。

なるほど、それが大変な意味を持っていたんですか?

さっきの上の階から水が漏れてきた話、調査の結果厨房床の防水加工の不十分が原因だったから二次側の責任だった訳だよね。だから補修工事や水が漏れた下の階への補償なんかは上の階の飲食店がすることになったんだって。

原因によって責任の所在が変わるということですね。

そうなんだよ。原因が雨漏りということだったら建物の躯体や縦管の問題となり、一次側の責任で補修や補償をしないといけなくなるからね。だからそんな見極めが大事だし、それを見極めてくれる業者も大切ということになるんだ。

大変ですね。
今日は清水さんのお話だけでとても勉強になるから、マスターの出番はなさそうですね!

いやいや。実はね、食事に誘っていただいたのはマスターの古いお客さんという方でねぇ、マスターから紹介してもらった人なんだよ。それで今日はマスターにお礼も言おうと思って久しぶりに寄ったんだ。
マスター、ありがとう!

とんでもありません、よいお話をしていただけたようで何よりです。あと、よろしかったらこのホウレン草のおひたしも召し上がってください。旬なのでおいしいですよ。

ありがとう、マスター。緑色がきれいだね!

そういうことだったんですね!マスターも黙って聞いているだけだったから どうしたのかと思ったわ。清水さん、そのホウレン草、だし醤油がかかっていますからそのまま召し上がってくださいね。もし味が薄かったらちょっとお醤油を足してみてください。

うん、これもおいしいね!
確かホウレン草は寒くなってくると栄養価が増してくるんだよね。

はい、よくご存じですね。ホウレン草は寒くなってくると色も濃くなり、栄養分も甘味も増してきます。産地によっては、ある程度成長するまではビニールをかけておいて、収穫の直前にビニールを取り払ってわざわざ寒風にさらしたりします。そうすることで糖度が上がり、ビタミン類やカロテンなども増えて、おいしく栄養価の高いホウレン草になるんです。
今日お出ししたおひたしは、その「寒締め(かんじめ)ほうれん草」 でお作りしたものです。


寒締め(かんじめ)ほうれん草

冬に野菜の糖度が増すのは、自分自身が凍ってしまわないようにするためだって聞いたことがあるわ。

波ちゃん、そのとおりだよ。凍ると細胞がこわれて野菜は枯れてしまうからね。冬の寒さを越した野菜や果物が甘いと言われるのは、凍ってしまわないように自身の糖度をあげて凝固点(凍る温度)を下げているからなんだよ。

なるほど。凍るって言えばこんな話も聞いたよ。このまえ雪がたくさん降ってびっくりした時があったでしょ。そうやって積もった雪は日中溶けて、通常の雨降りでは影響を受けないような建物の細かなひび割れや隙間から浸み込み、夜にまた凍ってひび割れを押し広げてしまうことがあるんだって。それが水漏れの原因や建物の劣化につながるから、積もった雪はいつまでもそのままにしておかないことも大切なんだそうだよ。雪の少ない地方の建物はそもそも大量の積雪を前提としていないこともあるからってね。

あら、それってマスターにお聞きした高野豆腐の作り方の理屈と同じね!

高野豆腐?

はい。高野豆腐は水切りをした豆腐を冬場に野外へ置いて作るのですが、夜は水分が凍って膨張し、日中は融けて蒸発していきます。これを繰り返すことで隙間(すきま)のたくさんある乾燥した高野豆腐になります。それを水で戻すとスポンジ状になり煮汁を含んだ独特の食感をお楽しみいただけるという訳です。コンクリートに沁み込んだ水分が凍って躯体を劣化させるのと理屈は同じなのかもしれませんね。高野豆腐のことを凍み豆腐と呼ぶ地方もありますよ。

マスターの建物豆知識

コンクリートの凍結融解

コンクリートは固まった後も内部に残る水分が凍結と融解を繰り返すことによって劣化します。凍った水分は膨張し微細なひび割れを生じさせ、さらにそのひび割れと凍結による膨張圧がより内部に水分を押し込む作用を引き起こします。その結果雪融け水など新たな水分を内部へ浸透させることとなり、次に起こる凍結によってさらに多くのひび割れを生じさせることになります。この凍結融解作用の繰り返しがコンクリートを劣化させるのです。

なるほど、高野豆腐は味がしみておいしかったけど、コンクリートがスポンジ状になっちゃったら困るね。

そうですね。
ホウレン草は自分で糖度を上げて凍らないようにするけど、建物は人が手をかけてあげないといけないのね。

それそれ!お話を聞いて一番勉強になったのは、経営資産である建物に愛着を持つってことだったんだよ。あっ、ホウレン草に醤油をかけすぎちゃった!

清水さん、醤油のかけすぎは二次側の責任ですよ!

あははは!

(帰り道)

明日は仕事が終わったら清水ビルの掃除に行こうかな。
大家が率先して愛着を 持てってあの人も言っていたからなー。


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今日の清水さん、ずいぶんお話をしてくださいましたね。
マスターが紹介した古いお客様ってどなたかしら。

うーん、お店に来たことはないかなぁ。
(店を始める前のお客様だったからね 、、)

<第11話 完>

※本ストーリーはフィクションであり、実在の人物・団体との関係ありません。

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